ランタンプラン・貞兼綾子/2018年2月15日
 
ランタン村復興支援の3年目は、
 ① キャンチェンゴンバの再建
 ② ゾモファンド:ゾモの購入と酪農組合のサポート
の2点を柱に、春と秋の2度(3月8日~5月9日、9月2日~10月12日)、現地にて活動しましたので報告します。
 

1.2017年・ランタン村の復興状況について

1-1.はじめに: 

 2015年4月25日、ランタン谷を襲ったネパール・グルカ大地震から2年と8ヶ月経過しました。まだ谷のあちこちに地震の爪痕が残っているものの、2017年5月には不在であった村長のポストも20年ぶりの選挙によって復活し、ランタン村は新しい行政システムの下で歩み始めました。
 ランタン村はラスワ郡ゴサインクンダ地方自治体ランタン区として、これまで地震発生時から村人を牽引してきた「ランタン再建運営委員会(LMRC)」の後をうけて、主にラスワ郡との関係強化を担います。
 住民の生活基盤となる電気、住宅、水道、道、橋などに関しては、LMRCのコアメンバーが外国からの援助をとりつけ、その整備が整いつつあります。電気は昨年11月末、ランタンリルン峰の氷河末端からの水を利用した水力発電によって、出力100キロワットの電力をキャンチェンからゴンバ地区までの全村への供給を可能にしました。
 これらのいわば全住民を対象とする援助は、アメリカ、韓国、イギリス、ドイツ、イギリス系ゴルカ兵ベテランなど国際NGOによるものですが、これらを請負い、現地で推進したのは先のコアメンバーたちでした。
 また、観光地としての再生を図りたい住民の多くは、外国人からの個人的な援助を得て、宿泊施設を兼ねた住宅の建設が進んでいます。
 その他地域のコミュニティセンターとなる公民館(ユル地区とムンロー地区)及び診療所(ムンロー地区)も国際NGOの協力で建設。残る小学校と病院は今年度以降に政府と外国の援助で建設が予定されています。
 

1-2.住民の経済について

《農業》:
 ランタン村の唯一の農作物であるソバ、オオムギ、バレイショは震災後放置されてきた農地からは2017年も収穫はごくわずかでした。一つには肥料(家畜の堆肥)や耕作人+耕作牛=ゾボウシの確保が十分でなかったことに加え、わずかに耕作した場所もイノシシの大量発生などでほとんど収穫ができませんでした。イノシシ被害はキャンチェンから下方まで、ランタン谷全域に及んでいます。大なだれや土石流で失われた畑地はもはや取りもどせませんが、残された畑地はカル(石組みの囲い)を補強し、今年から再び本格的な耕作が始まるものと思います。主食となる穀物や農作物を全てカトマンドゥや下方の村から購入しなければならなかった昨年、住民たちの悔しさや焦りは相当なものがありました。
 震災前から少しずつ導入されていた青物野菜。各戸それぞれが家周辺に畑地を所有しており、2017年は夏の短い間ながら、ビニールハウスを使ったニンジン、ダイコン、キャベツ、タマネギ、ニンニクなどの栽培が見られました。村下方のタンシャップで栽培されたトマトやキャベツは商品として宿屋に卸されています。
《観光業》:
 日常の食料確保のためにも、現状では観光に頼らざるを得ない状況があります。帰村以来、住民は猛烈な勢いでその方向に走ってきた印象があります。宿泊施設としてのホテルやロッジ、観光客を当て込んだベーカリーやカフェ、土産物やなど、キャンチェン及びランタン村の領域には、116所帯のうちおよそ65軒が運営しています。
 また、カトマンドゥにも拠点をおき、外国人トレッカーを誘致するトレッキングガイド業なども新たに起こっています。トレッキングのエリアはランタン谷のみでなく、ネパールの観光地全域をカバーしていて、ガイド役には青年層が多く、カトマンドゥ在住のランタン出身の学生たちも参加しています。ガイド業は会社組織にしているもの、個人的なコンタクトでシーズンのみ関わっているものなど実数は不明ですが、明らかなものだけでも4、5団体はあります。
 大雑把に住民のおよそ6、70%がなんらかの形で観光業に携わっています。観光から得られる収入の実態は把握していませんが、宿の規模や団体客の誘致力に差はあるものの、ホームスティ規模の宿屋でも経営が成り立っているのは、個人のトレッカーが多く集まってきているからかもしれません。ランタン谷は、高所登山のほかに、首都カトマンドゥからの距離も短く比較的軽便な山歩きが可能なルートでもあるのです。
《牧畜業》:
 残りの30%は牧畜が占めますが、それによって得られる収入が生活全般を支えるには、もう少し時間が必要ではないかと思います。ランタンプランが今後いかに彼らに協力できるかにも関わってくる問題です。後ほど下で触れます。

1-3.幾つかの問題点

写真1 キャンチェンのロッジ群

写真2 キャンチェン全景

 このように住民の経済を業種別にあげましたが、農業のみで暮らしを立てている村人は皆無です。観光化以前の経済の主流は農業と牧畜が半々、現金収入の割合でいえば牧畜からの収入が主であり、トレッカーなどへのサービスはその補完でしかありませんでした。1985年以前のことです。

 懸念されることは、震災後のホテル建設ラッシュ。建物の大型化が進み、キャンチェンでは限られた敷地内に競うように建設され、区画整理のされていない台地はお世辞にも美しいとは言えません《写真1,2,3》。外国人観光客のなかには、建築資材として(大量に)提供された青色の波板(トタン)を多用したキャンチェン台地の景観にクレームをつけるものもありました。緊急支援の建築資材(波板と合板)は、これまでの建築の工法とは違い軽便です。村人自身が積極的に利用したことはいうまでもありません。結果として景観を台無しにしていますが、震災後に国立公園なり地方政府なりが都市計画案を提示しなかったことが悔やまれます。村人自身が建物も景観の一部であるということに気づく日がやってくることを願います。
 

写真3 3800m上の野菜キャベツ、ダイコン、ニンジン、ジャガイモその他

 
 上記景観の問題に加え、気がかりなもう1点は住民の居住地に関して。写真にみるように、住宅や宿屋がデブリへと拡大しています。これまでの報告にも記したように、日本の雪氷グループ(「ネパール・ランタン谷における雪氷土砂災害調査」)はLMRCを通じて、ランタン谷のハザードマップを提示しています。村人が帰村を始めた時期に重なっていたため、このハザードマップが有効に利用されていませんでした。危険性が排除されていない旧ユル集落以西、デブリぎりぎりまで拡大しています。《写真4, 5》

写真4 デブリとランタン村の空撮

写真5 デブリと村

 
 これはユル地区のみならず、ムンローやシンドゥムでも同様です。2017年秋、あまりに遅い出動でしたが、政府(復興省)がランタン村の被害状況を視察しました。目的は建物被害への義援金適用の査定です。結果、山口悟氏の忠告と《ハザードマップ》に基づいて、旧集落以西に建設された建物には義援金は支払われませんでした。
 危険性が排除されていない住宅地や農地に関して、懸垂氷河のモニタリングや防災上の助言など、今後も、日本の専門家たちの協力が期待されます。

2. ランタンプラン活動報告

 2017年春の活動報告については、ランタンプランHPなどを通じてあらましを公開しています。秋の活動は、それを受けて進めました。重複しますが、春の2ヶ月間(3月8日~5月9日)と秋の40日間(9月2日~10月12日)の復興支援の経緯を以下に報告します。
 

2-1 ゴンバ再建

 2015年チベット暦3月7日に起こった大地震から2年を経過、ランタン村民は外国の援助などで、自分たちの生活基盤の立て直しを図ってきました。このランタン谷のシンボルであり、地図上のランドマークにもなっているキャンチェンゴンバも壊滅的な被害を受けました。
 2017年復興を願うランタン村民の総意に対しランタンプランは、2017年3月23日 (チベット暦1月後の25日/2017年のチベット暦1月は前後2回あり)、下の提案への合意を得て、キャンチェンゴンバ再建の支援をすることを決定しました。
 
[3月23日・ランタンプランからの提案]
1)キャンチェンゴンバは在家僧と俗人の協力で再建されること。
 それぞれの集団は話し合いによって代表メンバーと正副委員長を決める。
2)キャンチェンゴンバの形、色、屋根、立地場所は十分な補強をするほかは、外観、内装も以前あったと同じものを再現すること。
3)施工
図面、見積りに基づいて、ヨルモの寺大工に依頼するが、村民一人ひとりが石ころ1け、砂1袋でも手伝いに参加すること。
各責任者は分担して工事を進めること。
着工は、寺の建て替えのための儀式「アルカポチュー」 をチベット暦2月中に行い、内装をのこして2017年夏~秋までに完成させる。
4)総工費は、ランタンプランが見積りをみて、コミュニティを通じて支払う。
 
このランタンプランの提案に対し、同日の村民集会において、参加者は満場一致で賛成。
当日、ゴンバ再建委員会と役員が決められました;
在家僧側(5名):
  ラマ・テンジン、ツェリン・ドルジェ、ラマ・サンギェ、ゴンバ・ダワ、ページュン
俗人側(4名):
  テンバ、センノルブ、ツェリン・ペーマ、シンドゥム・サンモ
再建委員会役員:
  委員長:ラマ・テンジン   副委員長:ページュン  財務:ツェリン・ドルジェ 
文書係:センノルブ  顧問:ラクパ、スッパ、トゥンドゥ、ツェリン・ピンツォ、カルマ
キャンチェンゴンバ再建委員会とランタンプランの間で次のことを確認しました。
i) キャンチェンゴンバのデザイン設定
 現存の木材(梁、柱)を利用する。室内のサイズはこれによって決める。
 室内のサイズから外壁の厚さを決定する。慣例では90センチ。
 
ii) キャンチェンゴンバ再建にかかる経費
見積り(1):建設資材(概算100~150万ルピ)
 鉄筋 3、4フライト分(但し、イギリスのMAFというNGOの支援が得られる)
 砂、砂利、石、材木の調達 
 セメント…..400袋 X1000 Rs. + 輸送費=Rs.1260,000
 砂(2000bags)XRs.80=Rs.160,000  
 砂利Giti 120 bags X Rs.150=Rs.180,000
 材木: 対岸の倒木を利用
 
見積り(2):人件費
 建設にかかる費用
 建築家への支払い 1500X 日=
 作業人への支払い 100Xper bag =
 砂、石の量によって支払う
 
見積り(3):アルカポチョーにかかる経費
 ラマのヘリ送迎……………1350ドル
 謝礼:ラマへ30000ルピー、二人の従者へ各5000X2=10000ルピー
 なお、完成時(2018年4月29日)にも同様の儀式が執行される
 
総工費 合計約870万ネパールルピー.
 但し、以上には内部(欄間や柱)の彫刻装飾及び壁画の経費、落慶会にかかる経費は含まれていません。
 これにかかる経費:380万ルピー(うち145万円はアドヴァンス分として日本から送金済み)
 
iii) 建設工程
 第1フェーズ:2017年4月17日~5月____アルカポチューの儀式、ゴンバ解体
 第2フェーズ 5月~6月____________基礎工事、外壁、内装
 第3フェーズ 7月~8月____________屋根用エンバ(粘板岩)の掘り出しと輸送、屋根葺き
 第4フェーズ 9月~2018年4月______外壁の化粧、堂内の柱と欄間の装飾、壁貼付方法による仏画制作(発注)。
                   壁画は1年後キャンチェンゴンバ内部に安置、神々を元に戻す儀式を経て完成。
 
【2017年末までの進捗状況】
 上記建設工程は第1フェーズ以降、少しずつずれ込んでいたものの、第3フェーズ(=石切場からのエムバ=粘板岩の切り出し、運搬、屋根葺き)は9月までに、全村民の協力で完成していました。雨の中、ロープを渡して石を対岸から運ぶ写真が送られてきました。女性たちは一枚20キロ以上ある石を背負って川を渡っています。《写真6, 7, 8》

写真6 対岸から切り出されてエンバをロープをつかって手前に渡す

写真7 雨季の河原はまるで川のよう

写真8 エンバをキャンチェンへと運ぶ女性たち





 秋の訪問時、ゴンバ内部は壁や床の板張りがようやく終わり、内装の職人を待つばかりでした。釘を使わない床は髪の毛1本も入り込む隙がないほど磨かれた仕上がりです。9月26日、飾り彫刻や壁画が完成していない堂内でアメリカからの40名からなるランタン谷巡礼の人たちが最後の祈りの場としてこのキャンチェンゴンバを使ってくれました。アムド・ゴロー出身のチベット僧に率いられた一団。キャンチェンゴンバでの法要の最後に、活仏から私も含めゴンバ再建委員会のメンバーに祝辞をいただきました。《写真9, 10, 11, 12, 13》

写真9 キャンチェンゴンバ内部
床に一本の釘も使われていませんでした。

写真10 キャンチェンゴンバ外2017.9


写真11 サカル(白土)の化粧前のキャンチェンゴンバ

写真12 外壁の白い化粧風景2


写真13 キャンチェンゴンバの白壁がまぶしい。ゴタルーたちは白土にミルクを混ぜた。こうすると白さが増すのだそうだ。

 ゴンバの建築を担ったヘランブー地方からの職人集団の仕事は丁寧でしたが、コストが高くかつ作業が遅滞ぎみなため、カトマンドゥで新たに探すことになりました。私の帰国直後に壁画を担当するムグ出身の絵師グループが、欄間や柱の彫刻装飾を請け負うという知らせがありました。これにかかる経費は380万ルピーが計上されています。
 外装つまりお寺の外壁の化粧は、10月初旬、私の下山前に村人総出で行われました。まず、粘土質の土を塗り、乾いたあとに白土を塗り上げます。この白土にはミルクも加えられました。外壁の白色が際立つのだそうです。外壁の塗装はコテではなく、布や香木などはたくように塗られます。白土の化粧は内装が完了した後、もう一度行われます。

2-2 ゾモファンド

 ランタンプランは復興の支援過程では都度、対話を通して進めてきました。時に時間がかかります。特に新しいものを導入する場合は相互に理解されていることが確認できるまでは次のステップに進めないというスタンスでやってきました。もちろんランタンプランの経済事情もありますから、進めたくても進めないということもあります。
 
ゾモファンドは復興支援を以下の2点を柱に進めてきました:
 1) 5年間で100頭のゾモを購入する
 2) ゴタルーが酪農家として自立できるように「酪農組合」を軌道に乗せる
 
2-2-1 2017年のゾモ購入頭数は26頭
 初年度の45頭と合わせると、合計71頭になります。
 2017年のゾモ購入は、春3月28日のゴタルー集会で決定しました。参加者は19名。
 購入にあたって次の3点を参加者全員(後日、他の2名にも)一人ひとりに質問しました。
 ⑴ あと数年間はゴタルーを続けるかどうか?
 ⑵ チーズを作れなかった理由は何か?
 ⑶ 今年チーズをつくって、酪農組合を支えるかどうか?
 
 この質問をした理由は、ゴタルーの生活向上とヒマラヤの文化としての移動牧畜形態の維持を目指して、2016年6月吉備高原吉田牧場の吉田全作さんに約17年ぶりに現地に入っていただきました。約10日間にわたるチーズ作りの研修後、その秋からそれぞれのゴタルーはチーズ作りを開始したはずでした。しかし結果は、21人のゴタルーのうち吉田さん伝授のチーズ作りを行ったのは、5名のみでした。ゆえに、この質問をせざるを得なかったのです。5名のゴタルーは、ランタン=コラの右岸と左岸二つの放牧グループのうち、右岸のグループのみでした。右岸は30歳台が中心で、左岸は50歳前後~70歳台です。質問の⑴⑵には配慮すべき点や理解できる点もありました。全員一致していたのは⑶でした。購入を決めたゾモは、ゴタルー21人に1頭づつとチーズを作った5人に+1頭づつの合計26頭。  合計45000Rs X 26=1,170,000Rs.-

 この集会の最後に2016年の酪農組合の会計報告がありました。以下です:

収入の部
 ゾモファンドからの運転資金(プール金)…Rs. 400,000.-
 トレッカーなどへのチーズ販売….91.6kg / Rs.109,920.-
 委託分など…………………………….15 kg /Rs. 18,000.-
               合計::527,920ルピー
支出の部
 ゴタルーからのチーズ買い上げ…186.6kg/ Rs.186,600.-
 (含む・ネズミによるチーズ被害・乾燥による重量減少分..80kg /Rs.96080.-)
               合計::186,600ルピー
差引残額::341,320ルピー
 
 チーズの販売のみで言えば16年度は58,680ルピーの赤字です。作ったものは全て売れていますから、今年度は集荷の時期を遅らせ、真夏は避けて8月~10月の3ヶ月のみチーズつくりをすることに決めました。
 
2-2-2 みんなで作った「ランタンゴタルーチーズ」 17年の生産量は460キロ

写真14 ブランチェンの放牧地から対岸の
ランタンリルン峰をのぞむ

写真15 朝の乳搾り風景
カンバ・ドルジェの奥さん

写真16 朝の乳搾り風景
アンギュル
亡くなった弟の家畜を引き受け
搾乳の練習後2017年から
ゴタルーになった

写真17 チーズ作り

写真18 ランタンのカチョカヴァッロは
ほぼスモークチーズ、
名付けて「ランタンゴタルーチーズ」
仮の貯蔵庫は満杯。

写真19 今年最後のゴタルー会議:
製品の品評と酪農組合から
チーズ買い上げの支払い

写真20 ツェルベチェグループのハム放牧地
後方はナンジャ氷河
(地図上はキムジュン氷河) 

 秋の訪問では、ランタン=コラの右岸左岸、二つの放牧グループを視察しました。ツェルベチェのグループは新しい放牧地「ハム」(4200メートル)で、ヌブリグループは「ブランチェン」(4500メートル)で放牧していました。それぞれの放牧地へテント持参で滞在しながら、朝から夜までゴタルーの暮らしを見学しました。
 
 早朝の家畜集め、乳搾り、家畜の放牧への誘導、チーズ作り、午後の薪集め、家畜集め、夕刻の乳搾りなど。午後のひとときは香辛料にもなるハーブやヤナギ科の潅木の森でのきのこの採集など。家から食料が届くと帰りにはペットボトルに1リットルのミルクをもたせる。ここには何十年何百年変わらないウシとともにあるゆるやかな時間がありました。
  
 ゴタルーがチーズ作りに専念したのは、夏の終わりからの1ヶ月半にすぎませんでした。ゴタルーたちとキャンチェンチーズ工場との取り決めによって、高所ではチーズ工場へミルクを供給するか、家内製のバターを作る期間に充て、8月後半から酪農組合のチーズを作ることに決めたようです。キャンチェンのチーズ工場は昨年の段階ではスタッフは2名、人手不足からゴタルーのカンバ・ドルジェが左岸高所でのチーズ作りに協力したようです。高所で酪農組合のチーズを作るには燃料の問題があり、キャンチェン周辺のマキが得やすい場所が好ましいのです。
 
 その限定された期間内に、新しく放牧地に復帰した2名と3名の女性を含め19名全員がチーズ作りに参加したのは驚きでした。右岸のグループは不足の用具を譲り合いながら。左岸のグループは最高齢のソナム・ギャルツェン(80歳)を入れて60歳台が中心です。家畜もツェルベチェグループがゾモ中心なのに対し、ヌプリグループはブリーモ(メスのヤク)の数が多いのです。これはミルクの質は良いが量が少ないため、9名のゴタルーは3つの班に分かれミルクを供給しあいながら、一番若いカンバ・ドルジェの指導のもとで作っていました。左岸の東奥チャボー(ヌムタン対岸)でも3名のゴタルーがチーズを作りました。
 
 今年のチーズ総生産量は462.1キロ。酪農組合が買い上げる卸値は462,100ルピー、売値は554,520ルピーになります。しかし、十分乾燥せずに放牧地からキャンチェンの仮貯蔵庫に運搬したために、売りものにならないものなどが1割くらいありました。逆に貯蔵庫に収めるまで放牧小屋に吊り下げられたままのものは、上質の燻したカチョカヴァッロになっています。ゴタルーが作るチーズはカチョカヴァッロですが、ほぼ全部が燻されています。
  
 右岸と左岸の放牧地滞在中と私の下山前10月4日、チーズ買い上げ総額(Rs.462,100)の支払いを兼ねたランタン酪農組合のゴタルー集会を持ちました。皆の前で優良のゴタルーの名をあげ、良いチーズと悪いチーズ、酪農組合に卸すチーズは最低1週間は放牧小屋で乾燥させることなどを伝えました。ゴタルーの中に1ヶ月半で10万ルピー分のチーズを作ったものが2名ありました。
 
 
以下は集会で問題になった点:
 i) 春購入のゾモの半分は種付けができなかった。
 ii) 放牧小屋のチーズを吊るすスペースがない。
 iii) 仮貯蔵庫はすぐに満杯になるので、専用の貯蔵庫が必要だ。
 
 
《写真14, 15, 16, 17, 18, 19, 20》

2-3 会計報告

 別紙

3. 2018年予定

 2015年4月25日の大なだれ発生の1ヶ月後に現地入りしたときは、どのように立て直すのか?そもそもここに再び住めるのだろうか?私も村人の心にもそのような思いがよぎりました。あれからまだ3年も経過していません。現状は冒頭に報告した通りです。昔を知るものには、目にも止まらない速さに映ります。早く元に戻さなければという焦りも後押ししたと思います。また、家屋や家畜、肉親を失った言葉にならない悲しみを乗り越えたいという気持ちも作用したにちがいありません。半年以上にわたるカトマンドゥでの被災生活のなかでそうした再起の機運が醸成されたことは確かでしょう。同時に村人たちは衣食住全般に渡って多くを学びました。とりわけ援助の力というものにこれまでにない経験をしました。
 言うまでもなく、この復興を力強く推進しているのは村人自身であり、決して私たち外部のものたちではありません。彼らの意向に寄り添いながら、あと1、2年はランタンプランとしての支援を続けたいと思っています。
 
 2018年は、2017年までの支援を継続します。下の2点です。但し、会計報告をみてわかるように、2018年の活動費はほとんど残っていません。2017年はネパールの物価高、人件費の高騰に加え日本円の円安によって、提示された見積もり金額は私たちの予定額を大幅に越えていました。2016年に一旦停止していたご支援の窓口を再開したいと思います。
 

3-1  キャンチェンゴンバ再建の完了

写真21 タンカ製作中

写真22 タンカ製作中(カトマンズにて)

 上述したたように外装はほぼ完成しています。残る内装(壁画と欄間の彫刻と堂内彩飾)はチベット暦正月=2月16日以降から取り掛かります。堂内4方の壁画は現在カトマンドゥにて製作中です。この作業は、チベット暦3月15日=西暦4月29日までに完成させたいと考えていますが、あるいは少しずれこむ可能性もあります。ゴンバ完成時には、チューキ・ニマ・リンポチェ(師)に再び「アルカポチュー」の儀式を執り行っていただきます。この儀式は、ゴンバが解体されていた間、封じられていた寺の守護仏や神々を元の場所に迎えるもので、別置してある仏像や法物も寺内に戻して完了します。
 
 
キャンチェンゴンバ再建完了 予想される費用:
 内装にかかる予算総額 380万ルピー
    (うち145万円はアドヴァンス分として日本から送金済み)
 アルカポチューなどにかかる費用:$1350+
 
 
《写真21, 22》 


3-2 ゾモファンド:ランタン酪農組合へのサポート

 2017年のチーズ作りは予想以上の出来でした。全ゴタルーが参加したこと、質はまだ均一ではないもののある一定の収入になることが実感されたことなどです。しかし、ゴタルーたちも指摘しているように、現在チーズを貯蔵する施設がありません。また、シェラップ とダワ・ノルブ二人のスタッフもゴタルーたちの拠点となるかつてあったようなワークショップを希望しています。キャンチェンはホテルや宿が密集しており、土地も得られないことから、村近くに建てたいというのが当初からの構想であったようです。
 まだ発足して間もないランタン酪農組合を自立運営の方向に進めるためにも、同時にまた彼らゴタルーのモチベーションを維持するためにも以下の2施設の建設は急務、不可欠だと考えます。
 
(1)夏場の放牧地から集められたチーズを貯蔵するためのキャンチェン貯蔵庫
(2)ランタン酪農組合のセンターとしてのワークショップ。
 器械を使った家内用のバター作りは村内でも需要が多く、バターとチーズを貯蔵する設備及び花やハーブ園を備えたワークショップ。
 
 以下は、提示された見積もりです。土地の選定は済んでいます。ワークショップはユル地区の東、チューテンカルボの坂の途中にある畑地で、無償で借りることができました。5年毎に酪農組合(LTBS)と持ち主の間で契約を更新します。
  見積額:
1) キャンチェン貯蔵庫兼売店の建設 :60万ルピー《図1-a, 1-b》
2) 酪農組合ワークショップと貯蔵施設の建設:240万ルピー《図2-a, 2-b》
3) ゾモ29頭の購入(2018年/ 2019年):130.5万ルピー
       ゾモ購入は2018年冬以降の予定。
 
[1)と2)の簡単なPlanを添えます] 


図1-a
キャンチェン貯蔵庫図面

図1-b
キャンチェン貯蔵庫サイト


図2-a
酪農組合ワークショップ図面

図2-b
酪農組合ワークショップ


4.ランタンプラン事務局と関係者リスト

ランタンプラン事務局:
幸島司郎(事務局長・京都大学野生動物研究センター)
樋口和生(極地研究所)
白岩孝行(北海道大学低温科学研究所)
澤柿教伸(法政大学社会学部)
2017年以降も以下のみなさんと、ハザードマップ、懸垂氷河のモニタリング、ランタン村農地の活用についてなど、現地での協力関係を維持したいと考えています。
防災・雪氷関係
 山口悟ほか(防災科学技術研究所)
 新潟大学自然環境科学研究科(奈良間千之研究室学生)
農業関係
 本多和茂(弘前大学農学生命科学部)
ランタン村関係者
 ランタン村会:Subba(村長)、Ngudup、Tsering Phuntso、Tsering Drolma
 コーディネート:Temba lama在カトマンドゥ)、SenNorbu
 

謝意

キャンチェンゴンバ全景

C.P.A.表紙

 2017年は春と秋2回のランタン訪問をしてきました。村人の復興の目安とした5年まで2年を残していますが、ソフト面を除いて、衣食住は充足しているように思えます。ランタンプランの復興支援も当初の目的の半分以上、3分の2程度は進められた気がします。この現地での活動を支えていただいたみなさまへ、不十分ながら以上の報告に添えて、心から御礼申し上げます。
 2017年はランタンプランとしての報告会やシンポジウムは開催していませんが、ランタンプランHPやFacebookを通して経過を報告してきました。2017年6月23日には、地平線会議主催の報告会にて、事務局から樋口、澤柿とともにランタンプランの来歴、新知見に基づく大なだれの解説とランタン支援の現状報告をさせていただきました。また、地平線会議有志の「ゾモ普及協会」からは、これまでにゾモTシャツとゾモトートバッグの収益金200万円の寄付をいただいたことを付記し、ご協力いただいたみなさまへ感謝申し上げます。
 あともう少しもう少しと言い聞かせつつ、頂上がみえてきた感じです。ひきつづき2018年のランタンプランの活動へのご理解とご支援をお願いする次第です。