ランタンプラン2018は、約1年間に渡ったキャンチェン・ゴンバの再建工事もを完了し、その落慶法要も施主として滞りなく営むことができました。法要の日時は導師チューキニマ・リンポチェの指示に従ったのですが、その日はまさに4月25日。丁度3年前の大なだれの日に当たっていました。震災直後からの村人の悲願であった山寺の再建と亡くなった人たちへの鎮魂の法要であったと思います。(NL No.5)。

 もう一つのランタンプランのミッションは発足2年のランタン酪農組合への支援ですが、この夏までの報告(NL No. 7)から進展はあまりありません。以下Facebookにも載せましたランタン村のチーズのあれこれです。

 1999年と2016年の二度ランタン村でチーズ作りの指導をしてくださった岡山・吉田牧場の吉田全作さんのおっしゃった言葉があります。「彼らは何代にも渡ってミルクを絞ってきた。絶対できるはずです」。この言葉をずっと信じてきました。酪農家として一本立ちできるまで長い目で見守りたいと考えています。とはいえ、私の体力にも限界が近づいています。約束の5年まであと1年と4ヶ月。一踏ん張りと言うところです。

1. Oma na nga (ミルクから5種の乳製品)

 ずっと昔、まだリクチーの子どもたちが放牧地で夏を過ごしていた頃、「ミルクから5種類も取れるんだ」、と得意げに話していた。ショー(ヨーグルト)、マー(バター)、チュルトー(乾燥チーズ)、チュルピ(フレッシュチーズを乾燥させたもの)、ショシャ(フレッシュチーズを発酵させた一種のブルーチーズ)。ランタン村の経済基盤が農業と牧畜におかれていた1980年代までのお話。もちろん家内消費用。皮詰めのバターは時に下方の村から買いにくることもありました。

2. Caciocavallo(カチョカヴァッロ)

 酪農組合発足2年目の今年、夏のシーズンにゴタルーたちはフレスコ型の「カチョカヴァッロ」を作りませんでした。夏のシーズンに入ってすぐ、彼らは猛烈な勢いでチーズ作りをはじめました。しかし作ったのは熟成に時間のかかるセミハードタイプのチーズでした。秋のトレッカーのシーズンには売ることができます。同時にトレッカーのシーズンにカチョカヴァッロ・チーズを作ることも期待したのですが、作ったという報告はありませんでした。去年、大量に作ったカチョカヴァッロ・チーズが温度調節などに失敗し半分くらいがダメになったこともその理由の一つではないかと思います。
 一昨夜、酪農組合のスタッフになったバブ・ニマとの交信で、売るチーズは種類が多いほど良いのだから来年は「もしカチョカヴァッロの作り方を覚えているのであれば、作るべき」と伝えました。彼らが作り方を忘れているわけがありません。

3. ランタン酪農組合長の話

 12月28日夜、久々に組合長センノルブに連絡しました。今月末には今年の酪農組合の収支報告をするが、来年春までにチーズの売り上げ純益は最低でも40万ルピーにはなる、と威勢の良いことを言ってました。センノルブから数ヶ月連絡がなかったのは、残念なことが2、3件あって言えなかったからだとか。
 1つは、ゴタルーのペーマ・ラマがゾモを売ってしまったこと。もともとペーマはヤクポ(オスヤク)とブリーモ(メスヤク)のみを飼育していて、酪農というよりは畜産で生計を立てていた。大なだれのあとはそれも放棄。キャンチェン周辺には飼い主のいないヤクポやブリーモが野生化していたほどだった。彼の手元にはランタンプランからのゾモが3頭のみで、それも甥に任せきりだったのだ。
 もう一つの残念なことはカンバ・ドルジェが若いゾモを何頭か他人に売ったということ。彼自身のゾモは増えすぎていたから奥さんと二人だけでは大変になっていたのだろう。
 センノルブが私にこのことを言えなかったのは、ランタンプランから買ってもらった家畜を手放したという理由だが、売った先は他のゴタルーで、村外にではないということが救いだ。このペナルティはどうするのか訊ねなかった。組合長が収めたことだろう。
 それと、ヌプリグループのゴタルーだったシンドゥム・ラクパが10月に亡くなったこと。まだ43歳でした。彼の家畜は同じヌプリグループのトゥンドゥ・ワンドゥが買い取ったといいます。病名は尋ねなかったけれど残念でなりません。かつて、彼の祖父の代まではランタン谷の家畜はほぼ彼の一族が占めていて、他のものはそのラブ(牧童)をしていたと聞いたことがあります。父の代はランシッサ全域を放牧していました。
 ランタン谷の牧畜が衰退していったのは、1980年代終わりころ。代わって観光化が進みました。多くが家畜を売り払って、観光業へ転向して行ったのです。
 この電話。こちらからセンノルブの固定電話に電話したが、彼は「チチ、モバイルをオンラインにしておいて。こちらから掛け直す。かけ放題なんだ」と。通話時間30分。昔はランタンから電話があるとすぐに日本からかけ直していたのに。何という嬉しい進化!ただ、その日はキャンチェンは大雪のために、通話は途切れがちでした。

 写真を残します。1999年と2016年、岡山・吉田牧場の吉田全作さんの研修の時の写真。ゴタルーたちがこれを見て奮起することを期待します。

写真1  1999年、チーズ作りの研修

写真1 1999年、チーズ作りの研修

写真2  2008年、ワークショップでのチーズもパンもトレッカーたちの間では有名になっていた。

写真2 2008年、ワークショップでのチーズもパンもトレッカーたちの間では有名になっていた。

写真3〜6 2016年、吉田全作さんのチーズ作りの研修から

写真3

写真4

写真5

写真6

写真7 村人が伝統的に作っているチーズ

写真8 2018年、初めて作ったセミハードチーズ


 今、ゴタルーたちは冬の放牧地、村周辺(標高3500メートル)から2500メートル(西隣のシャルパガオン)までの間にいます。ムンローの対岸台地、チョムキー、タンシャップ、ゴラタベラ、そして隣村のシャルパガオン。
 まだ酪農組合の設備など不十分なままですが、来年彼ら自身でどこまで進めるのか見極めながら協力してゆこうと思っています。私自身は、震災後5年をメドに支援に乗り出しました。あと1年4ヶ月です。
 今年一年間、皆さまからいただいた友情とご協力に感謝し、今年最後のランタンプランからの発信といたします。
 
(2018年12月30日/貞兼)